顎十郎捕物帳

丹頂の鶴
久生十蘭

顎十郎捕物帳書籍情報

底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄

顎十郎捕物帳 10

丹頂の鶴
久生十蘭

「なるほど、事理いかにも明白。手口はそれで相わかったが、しからば、いかなる理由によって、このようなる益なき殺傷をいたしたものか存じよりがあるか」
 藤波は昂然(こうぜん)と叩頭(こうとう)して、
「……『菘翁随筆(しゅうおうずいひつ)』に、『鶴を飼はんとすれば、粗食を以て飼ふべし。餌以前のものより劣れば、鶴は喰(は)まずして死す』と見えております。手前考えますところ、このお飼場うちにて、なにものか、『瑞陽』のお飼料の精米を盗み、稗(ひえ)、籾(もみ)その他のものをもって代えおるものがあるためと存じます。……鶴御成が明日に切迫いたし、上様御覧のみぎり、『瑞陽』が衰弱いたしおるため、おのが悪事を見あらわされんことを恐れ、水蛭の歯形によく似たる、猪目透二字切の手突矢にて突きころし、水蛭の咬み傷によって死したる如くによそおったものに相違ございません」
 いならぶ床几から、どっと嘆賞の声が起る。
 遠江守は、顎十郎にむかい、
「仙波阿古十郎。藤波友衛の推察はただいま聞きおよんだ通り。そちの見こみは、なんとじゃ。異論にてもあらば申して見よ」
 顎十郎は、どこ吹く風と藤波の弁舌を聞き流していたが、この問をうけると、急にへらへらと笑いだし、
「いや、どうも、藤波氏の名論卓説には、手前もうっとりいたしましたが、御高弁にかかわらず、まるきりの見当ちがいかと存じられます」
「はて。その次第は」
 顎十郎は、とぼけた長い顎を、風にふかれたへちまといったぐあいに、ブラブラとぶらつかせながら、
「手前、つらつらと考えますところ、上の御威勢はあまねく、いわんや、このかこい場などにて御寵愛のお鶴の餌を盗むがごとき不心得者はいようとは存じられませぬ。……かりに、そのような者があったとしましたならば、このご聖代、……世にこんなあわれな話はございません。百生(ひゃくしょう)の長たる人間がお鶴の餌の精米をくすねて家に運ばねばならぬというには、よくよく困窮の事情があるものに相違ございません。さだめし、丹頂のお鶴も憐れと思ったことでしょうから、お餌の米が稗になろうと、粟になろうと、喜んでついばんだにちがいない。このへんが霊鳥の霊鳥たるところ。……まして、いわんや、上様お手飼のお鶴。上の御仁慈(ごじんじ)をうけつがぬことはないはず。己(おのれ)のために、尊い人間の一命を失わせるようなことはいたしますまい。藤波氏のお意見ではありますが、このかこい場に餌盗びとなどはこれなく、したがって水矢の、手突矢のということは、まったくいわれのないことと存じます」
 このとき、はるか下座にひかえた下飼人の中で、わッと声をあげて泣き伏したものがある。顎十郎は、そんなことに頓着(とんじゃく)なく、いっそう声をはりあげ、
「そもそも、鶴は凡禽(ぼんきん)凡鳥ならず。一挙に千里の雲を凌(しの)いで日の下に鳴き、常に百尺の松梢(しょうしょう)に住んで世の塵(ちり)をうけぬ。泥中に潜(せん)してしかも瑞々(ずいずい)。濁りに染まぬ亀を屈(くつ)の極といたし、鶴を以て伸(しん)の極となす。……『古今註(こきんちゅう)』に、『鶴は千歳(せんざい)にして蒼(そう)となり、二千歳にして黒(こく)、即(すなわ)ち玄鶴(げんかく)なり。白鶴(はっかく)もまた同じ。死期を知れば、深山幽谷(しんざんゆうこく)にかくれて自(みずか)ら死す』とございます。……見うけるところ、『瑞陽』のお鶴は、白鶴。すでに二千年の歳をへ、上に齢をゆずって自ら死したるものに相違ございません」
「その証拠は?」
「その証拠は、これなる胸もとの二の字の傷。これは、手突の鏑矢などにて出来たものではございません。『瑞陽』のお鶴が嘴(くちばし)をもって自ら心の臓をついたものに相違ありません。……いやさ、傷口に嘴などをおあわせになる必要はない。傷口が嘴に相応しようとしまいと、正にただいま申しあげた通りにちがいありませぬ。……齢を鶴よりゆずらせられ、上の御長寿は千歳万歳。まことに、祝着しごくにございます」
 阿部伊勢守が、おお、と立ちあがる。それとほとんど同時に、将軍は床几の上でサラリと白扇をひろげ、感悦ななめならぬ面もちで、
「いずれも、あっぱれなるいたし方、ほめとらする。『瑞陽』の吟味は、もはやこれまで。両人ともどもに褒美をとらせよ。いや、めでたいの」