顎十郎捕物帳

丹頂の鶴
久生十蘭

顎十郎捕物帳書籍情報

底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄

顎十郎捕物帳 2

丹頂の鶴
久生十蘭

 ゆっくり、苦茗(くめい)をすすり、
「……鳥見役、網差、両名立ちあいにてお鶴医者滋賀石庵(しがせきあん)が羽交(はがい)の下をあらため見たところ、胸もと、……心の臓のまうえあたりに二の字なりの深創(しんそう)がある。小松川すじの飼場濠には、水蛭(みずひる)が多く棲んでおるゆえ、創のかたちをもって案ずれば、水蛭の咬み傷と見て見られぬこともない。しかし、水蛭の咬み傷とすればただ一カ所というのが不審。それに、それしきの傷で鶴が死するはずがない。また前例もないこと」
 甲斐守は膝をにじり、
「して、石庵の検案は」
「刺傷(さしきず)らしいと申す」
 といって、言葉を切り、
「……かりに刺傷だとして、しからば何者がなぜにそのようなことをいたしたか、その理由がげせない。お鶴を刺しころして見たとて、なんの利分(りぶん)もあるまい。……狂気か酔狂か。……まず、そうとしか考えられぬ」
 播磨守はうなずいて、
「いかにも、そのへんが不審」
「このたびの鶴御成は、儀式のお鷹狩のほか、すこやかな『瑞陽』のすがたを御覧になる思召(おぼしめ)しもあられたので、上にはことのほか御落胆。死因をきわめて、ぜひともその理を分明(ぶんみょう)させよとのお達しである。……それはそうと……」
 といって、播磨守の顔を眺め、
「そのほうの下役、仙波阿古十郎というは、まことに奇妙なやつの。もと甲府勤番の伝馬役(てんまやく)であったと申すが、なにしろ、ふしぎな理才を持っておるよし」
 播磨守は、誇らしげにうっすらと面(おもて)を染め、
「御意にございます」
「それに、だいぶ変った面(つら)をしておるそうな」
 播磨守は苦笑して、
「それが、はや、下世話に申す、馬が提灯。いかにも異様な顎なり。よって顎十郎というが通り名になっております」
 伊勢守はおもしろそうにうなずきながら、
「聞いておる、聞いておる。諸葛孔明の面の長さは二尺三寸あったとか。異相のものには、とかく大智奇才が多い。……南に藤波友衛、北に仙波阿古十郎。近来、たがいに角逐競進(かくちくきょうしん)することは、すでに上聞(じょうぶん)に達している。されば……」
 と、両奉行の顔を見くらべるようにして、
「今後いっそうの励みにもなろうと存じたにより、『瑞陽』とりしらべの件につき、両人相吟味(あいぎんみ)、対決をねがいあげたところ、やらせて見い、との仰せ。……よって、明日、お鷹狩の後、お仮屋寄垣(かりやよせがき)のうちにて、両人の吟味問答をお聞きになる」
 吟味、捕物の御前試合(ごぜんじあい)などはまさに前代未聞(ぜんだいみもん)。さすがに、両奉行もあっけにとられて、茫然(ぼうぜん)たるばかり。
 伊勢守は、依然たる寛容の面もちで言葉をつづけ、
「当日は、両人とも鷹匠頭副役の資格。装束は役柄どおり、弁慶格子半纒(べんけいごうしはんてん)、浅黄絞小紋(あさぎしぼりこもん)の木綿股引(もめんももひき)、頭巾(ずきん)、背割(せわり)羽織をもちいること。……両人は、辰の刻、お仮屋前にてお出むかいいたし、お鷹狩のあいだに代地(しま)ならびに代のかこいの検証をすませておく。午の下刻(げこく)、上様ご中食(ちゅうじき)の後、お仮屋青垣(かりやあおがき)までお出ましになるが、特別の思召しをもって、垣そとにて両人に床几(しょうぎ)をさしゆるされる。……介添(かいぞえ)はおのおの一名かぎり。先番(せんばん)は籤(くじ)にてきめ、各自、死体見分がおわらば、ただちに、御前にて吟味のしだいを披露いたす。……いかなる次第にて死亡いたしたものか。また、人手にかかったものならば、いかなる方法、いかなる理由によってかような無益なことをしたか、本末をわけ、明白なる理を推して、即座にお答え申しあげねばならぬ」