顎十郎捕物帳

丹頂の鶴
久生十蘭

顎十郎捕物帳書籍情報

底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄

顎十郎捕物帳 3

丹頂の鶴
久生十蘭

 甲斐守は、緊張で蒼ざめた顔をふりあげて、
「さきほど相吟味、問答対決と仰せられましたのは?」
 伊勢守はニンマリと笑って、
「そこが、真剣勝負。相手の吟味に異存あらば、反駁(はんばく)反撃は自由。相手が屈服するまで、討論いたしてさしつかえない」
「ははッ」
「吟味聞役(ぎんみききやく)は、佐田遠江守(さたとおとおみのかみ)。審判役は手前があいつとめる。対決終了いたさば、石庵がお鶴の腑分(ふわけ)をなし、両人吟味の実証をいたす。……勝をとったほうには、奉行へご褒美として時服(じふく)ひと重(かさね)。吟味のものには、黄金五枚、鶴の御酒一盞(さん)くだしたまわる。……晴れの御前試合。どちらもぬからぬよう、じゅうぶん勉強いたすよう申し聞かせ」
「はッ」
「委細(いさい)、承知いたしました」
 両奉行は西の溜へとってかえすと、あわただしく下城の支度をはじめる。……一刻も早くこのむねを伝えて、万事ぬかりなく準備させねばならぬ。将軍御前で、万一、相手に言い伏せられるようなことでもあったら、それこそ、奉行たるものの面目はない、一期(いちご)の恥辱。
 佐田遠江守が、簡単に明日のうちあわせをしておこうと、下城口までふたりを追いかけて来て、
「しばらく……」
 と、声をかけた。両奉行は式台(しきだい)で、
「は?」
 と、いっせいに振りかえったが、どちらも生きたような色はしていなかった。