丹頂の鶴
久生十蘭
底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
丹頂の鶴
久生十蘭
「かならず、伝四郎氏の身の立つようにしてさしあげるから、安心なさい。天はしょうしょうとして誠を照らす。正直のこうべに神やどる。身投げをしようという一期のおりに、手前のような交際(つきあい)のひろい男に出っくわすなんてえのも、これもみな美徳のむくい。とても五百石とはいかねえが、一家七人安気(あんき)に喰えるようなところへ、取りつかせて見せます。身装(なり)は悪いが、これでなかなか強面(こわもて)がきく。大名も小名も、みな手前の朋友のようなもんです。かならずなんとかしますから、もうこんな不了見を起しちゃいけませんぜ。……この三日のあいだに、吉左右(きっそう)をお聞かせしますから、当にして待っていてください」
と、いつになく、親身(しんみ)に老人をなぐさめ、手をとって小村井の往還(おうかん)まで送ってやって、また、さっきの岸で釣糸をたれようとしていると、中川の下流から、
「ヤッシヤッシ」
と、漕ぎのぼって来た二艘の早船。細長い、薬研(やげん)づくりの、グイと舳(みよし)のあがった二間船。屈強(くっきょう)の船頭が三人、足拍子を踏み、声をそろえて漕ぎ立て漕ぎ立て、飛ぶようにしてやって来る。
見ると、先の船に乗っているのが、藤波友衛。
あまり物々しいようすに、さすがの顎十郎もあっけにとられて眺めていると、ドッと歓声をあげて蘆のあいだに舳をつっこんだ早船から、ヒラリと飛びおりた藤波が、折蘆を蹴わけるようにして近づいて来る。
顎十郎は、竿をすてて立ちあがり、
「いよウ、これは、藤波さん」
藤波は、悪く丁寧なお辞儀をして、
「あなたが、大利根すじへ釣りに行かれたというので、実は、ゆうべから南北のお船手とわたくしがよっぴて、あなたの行方を探しまわっていたのです。……いや、どうも骨を折りましたよ。……ところで今朝の寅刻(ななつ)、こりゃア、いよいよいけないということになって、落胆して、スゴスゴ中川まで漕ぎもどったところ、十間橋の船宿のおやじが、仙波さんなら、すぐこの川上にいるという。まさに行灯したの手くらがり……」
相も変らず、しゃくるような調子でいって、それから、手みじかにきょうの捕物御前試合のしだいを物語ると、切長の眼のすみから顎十郎をねめつけるようにしながら、
「きょうこそは、どうでもあなたを叩きふせてやろうと思いましてね、ゆうべから死に身になって探していたんだが、ここでつかまえることが出来たのはなにより重畳(ちょうじょう)。仙波さん、きょうは遠慮をしないから覚悟をなさい」
うそぶくようにして、はは、は、と笑った。