顎十郎捕物帳

丹頂の鶴
久生十蘭

顎十郎捕物帳書籍情報

底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄

顎十郎捕物帳 9

丹頂の鶴
久生十蘭

   鶴談義

 叔父が用意してきた弁慶格子の半纒に割羽織。すっかり鷹匠の支度になって、藤波とふたりで代地の入り口に控えているところへ、小村井のほうから蹄(ひずめ)の音がきこえ、
「御成りイ」
 という声とともに行列は早くも代地の木橋へかかる。将軍は藤色の陣羽織に金紋漆塗の陣笠。従者はばんどり羽織に股引、草履のいでたち。老中、若年寄、近侍をふくめて三十騎。寄垣(よせがき)前で下馬すると、将軍はお仮屋のうちで少憩。辰の下刻、鳥見役の案内で狩場に立ちいでる。
 いちめん茫々とひろい草地の上のところどころに葭簀張(よしずばり)のかこい場がある。はるかむこうの川入りの池のそばで、十二三羽の鶴が長い首をふって歩きまわっている。
 鷹匠頭が精悍な眼をして大切斑(おおきりふ)の鷹を拳(こぶし)にすえて将軍の前に進みそれを手わたしすると、鳥見役は大きな日の丸の扇を高くかざしながら池の鶴のほうに寄って行って、
「あ、ほい……あ、ほい……」
 と、声をかける。
 たちまち、一羽立ち二羽立ち、ざあっと羽音も清々(すがすが)しく、冬晴れの真ッ青な空へ雪白をちらして、応挙(おうきょ)の千羽鶴(せんばづる)のように群れ立つのへ、
「ピピイッ」
 鋭い口笛につれて、将軍の拳から羽音もするどく舞いあがった一羽の大鷹。空をななめに切ってその中へ飛びこむ。つづいて、鷹匠の手からも助(すけ)の鷹が二羽三羽。……白黒の一点と遙かになり、また池の汀(みぎわ)まで舞いおり、飛びかい、追いかけ、卍巴(まんじともえ)のように入りみだれる。
 鷹匠は鷹笛を吹いてしきりに加勢する。そのうち、ひときわ大きな白鶴の首に喰いさがった大鷹。切羽で鶴の頭を打ちすえ打ちすえ、だんだん下へおりてくる。地上十五尺ほどのところで、いちど鶴を離してサッと大空へ舞いあがると、たちまち石のように鶴の上へ落ちかかり同体となって代(しろ)のうえへ落ちる。
「ピョピョ、ピョピョ」
 と、呼びかえしの早笛。鷹はぐったりとなった鶴を離して鷹匠の拳にもどる。
「あっぱれ」
 どっという歓声のうちに、鷹匠が鶴をかかえて将軍の御前の白木の台にすすみ、小刀で鶴の左腹をかききり、血は血桶(ちおけ)へとり、臓腑はぬきだして鷹にあたえ、塩を腹につめて手早くそのあとを縫いあげ白木の櫃(ひつ)におさめて封印をほどこす。櫃は惣黒金紋(そうぐろきんもん)の駕籠に乗せられ、その場から京都に発(た)つ。……これで、午餐。
 さて未(ひつじ)の上刻となり、いよいよ古今未曽有(みぞう)の捕物吟味御前試合。
 将軍は寄垣口の床几にかかり、左右に従行一同がいならぶ。
 青垣口の、白木の台の上には『瑞陽』の死骸が横たえられ、それを左右から取りつめるようにしてふたりの吟味役、藤波と顎十郎が床几にかける。吟味聞役の遠江守は南面、審判役の阿部伊勢守は北面してひかえる。
 籤先番は藤波友衛となり、一礼して台にすすみ、打ちかえし打ちかえし、羽交の裏表、口内、爪先にいたるまでとくと検(あらた)め、しずかに引きさがってくる。つづいて顎十郎の番。藤波の緊張した物ごしにひきかえ、こちらは相も変らずのんびりとしたようす。まるで石ころでもころがすように無造作にとっくり返し、ひっくり返し、気がなさそうに眺めていたが、なんだつまらぬといった顔で、のそのそと床几へもどってくる。
 遠江守は、膝に白扇をついて、
「お鶴あらためがおわりましたらば、ただちに吟味にかかる。心得はすでに老中より申し聞かされたはず。相対(あいたい)異論あらば討論さしつかえない。籤先番により、まず藤波友衛、吟味次第を申して見よ。……さらば相たずねる。丹頂のお鶴、これなる『瑞陽』は自然に死したるものか、あるいは、人手にかかりたるものか。そちの推察はなんとじゃ」
 藤波はキッと顔をあげ、遠江守をにらみつけるようにしながら、
「これなるお鶴は、まさしくひと手にかかりたるものと存じます」
「その次第は?」
「はッ。……ただいま傷口をあらため見まするところ、一見、水蛭の咬み傷の如くには見えまするが、実は水鳥を狩るにもちいる※(「知」の「口」に代えて「舟」、第4水準2-82-23)(くろろ)の鏑形(かぶらがた)の鏃(やじり)によりできたる傷。そもそも水矢の鏑には、普通には燕尾(えんび)、素槍形(すやりがた)、蟹爪(かにづめ)のいずれかをもちいますのが方式。しかるに、この傷は猪目透(いのめすかし)二字切となっております。水矢に二字切の鏑をもちいまするは、ただひとつ伴流の手突(てつき)水矢にかぎったことでございます。……心の臓にふれて、しかもこれを深く貫(つらぬ)かず、さりげなき掠(かす)り傷の如くに見えますのは、鶴に近づいて手突矢をもって突いたゆえにございます」